最近、高齢者の暴走事故が多発しています。突然、小学生の列に突っ込んだり、普通に人をはねて殺してしまっています。高齢者に限らず、てんかん発作などでも大量に人が亡くなる事故が起きています。
そんな状況にあっても人は平気で車を走らせています。車の事故によって亡くなる人命よりも、便利さを優先しているからです。人の命より便利さを取ることは、正しいことなのでしょうか?
東京はバスとタクシーと運搬車のみ通行可能にする
東京を走る車は、バスとタクシーと荷物を運搬する車両に限定した方がいいのではないかと考えます。
これは東京や大阪などの交通網が発達した都会限定の規則で、田舎ではどうしても車がないと生活していけない地域がありますから、そこは「ご自由にどうぞ」というしかありません。
走る凶器をなぜ走らせているのか?
飲酒運転や追突事故で毎年何人もの人が亡くなっているのか?世界中で利用されている車は、使い方を間違えると、人間を簡単に死に至らしめる、凶器と化します。
それなのに世界では、なぜ車を走行させているのか?
それは、事故によるデメリットよりも利便性というメリットが大きいからに他なりません。
人の命よりも便利なものを選ぶことは、本当に正しいことなんでしょうか?
高齢者や持病を持つ人は車を運転すべきではない
「すべき」って言葉はぼくは嫌いなんですが、これ以外の言葉が思い付かなかったので、あえてタイトルにしました。
ぼくは別に高齢者やてんかん発作などの持病を持つ人たちを差別している訳ではありません。
区別しているだけなんです。
そもそも飲酒運転などは言語道断ですが、(ぼくは過去に飲酒運転の経験があります。だから飲酒については反省しきりです。現在ぼくは車を持っていません。それはお酒好きのぼくとしては、あまりにも危険だと思うからです)それと同じように高齢者の方は車の運転をしてほしくないのです。
東京は車が無くても生活できる
地方から旅行に来た人は車で東京を走りますが、それ以外のナンバーの人は、東京都内での走行を禁止にするべきではないかと思います。
いや、思いますじゃなくてしなきゃダメですね。
それってのも、東京はタクシーやバスや電車などの交通網が発達しているので、車がなくても充分に生活することができるからです。
とくに高齢者(60才以上)は、運転できないようにした方がいいです。
どうしても車を使いたい芸能人やVIPの方は、運転手をつけてください。そのくらいのお金はあるはずですからね。
将来の車はGoogleの自動運転になる
自動運転の進歩が著しいですが、近い将来はGoogleの自動運転車が一台15万円くらいで売り出されますから、事故も減っていくことでしょう。
人間が運転するよりもコンピューターが運転した方が危険が少なくなりますから。
これらはぼくの願望でもあります。誰もが安くて安全な自動車に乗って、あちこち自由に行き来できる社会の実現。
今の日本では車の維持費が高すぎますからね。
そうです。未来はいつでも明るいんですから