【教育格差】ブログに学歴は関係あるのか?
教育格差が叫ばれる昨今、ブログにだって教育格差はあります。ブロガーと呼ばれる人たちは大抵、大学生ですからね。中卒のブロガーなんて聞いたことありますか??
誰にも読まれないブログが書きたい人っているんだろうか?人は衣食住足りてコミュニケーションを求める。ブログを書く人とは衣食住が足りている貧困ではない者が書く、ただの暇つぶしであると考えられる。
誰にも読まれないものとは、ただの独り言でしかないのだから
ブログに学歴は関係あるのか?
そもそも高卒風情が文章を書くなんざ、甚だ可笑しいと思われてもしかたがない。基本的に低学歴の人間は本を読まない人間が多い。ぼくが言いたいのは、とくに底辺の仕事に従事している連中(ぼく自身を含め)にである。
底辺の仕事をしている者は、本を読まない。これは半数以上がそうではないかとぼくは思う。
よって、ブログを書く、ブログを書こうという気概のある人間は、大学というものに関わったことのある者らに多いと思う。学歴はブログに関係しているのである。
親の収入による教育格差
親がお金をもっていれば、その子供は良い教育を受けられ、親の収入が低ければ、充分な教育が受けられない今の日本社会でいいのだろうか?
しかしこれは現実の問題であり、しょうがないことなのかもしれないとも思う。
仮にぼくの両親が離婚せずに裕福であれば、ぼく自身どこぞの大学に行っていた可能性もある。それに親に借りた資金で何か新しい事業を起こしていたのかもしれない。
恨み節ではないけれど、教育格差とは、子どもにとってはまさに宿命なのだ。
学歴のない人間は本を読むしかない
学歴のない人間が社会で価値あるものとして活躍するためにはどうすればいいのか?
答えから言うと、運が強いか、コネがあるか、それらがなければ本を読むしか弱者から這い上がる方法は今のところないのです。(今はインターネットがあるのでそっちでもいいですね)
高い学歴がない人間のほとんどは、家庭が裕福ではない人たちです。そんな人間たちに、そもそもコネなんかないんですよ。それに運というのも難しく、強運を掴むためにはそれ相応のものが必要だと思います。(それ相応のものとは何かぼくにはわかりませんが)
誰にも読まれなくても書きたい
「ブログを誰にも読まれなくても書きたい」などと、かっこつけたところで自分が書いたものを誰かが評価してくれないと、まず書けなくなるか、暴走し始めます。だって何書いても世間が無反応であれば、どんどん書く内容が過激になっていきますからね。
物を作る、文章を書くこととは基本めんどうなことだと思います。一日中、暇なお金持ちであれば、何時間もかけてブログを書いても、それはそれで良い時間つぶしなるんだろうけど、こちとら朝から晩まで仕事してる人間にはブログの更新など、めんどうの塊みたいなもの。
それなのに毎日更新するモチベーションはどこから出てくるのか?
それは、今の状況から脱却したいというハングリー精神??からくるのだと思います。
アイム、ハングリーーーーー
ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません