1981年生まれの犯罪者予備軍無職の裏も表もない日記

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どこかにチャンスがあると信じる。しかし20年以上社会人をやってきて1度もあったことがない

愛だけあっても生活できずに死んでしまうし、金だけあっても虚しい生活になる。だけどもお金があれば楽しみが増える。

どこかにチャンスがあると信じる。しかし20年以上社会人をやってきて1度も巡り合ったことがない

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思えば、私が一番稼いでいたときは、ちょうど30代に入ったころだった。2年間、私は無修正DVDをネット販売する組織に勤めていた。当時の日当は1万円だった。週一休みで一日の労働時間は5時間程度だった。つまり時給2000円だったのだ。しかも1日だけ私一人で作業する日があって(相方が休みの日)、その日だけは歩合がついた。一日で15000円以上稼いだりもした。

 

ただし不法行為なのは明らかで、いつ逮捕されてもおかしくないという危険と隣り合わせだった。それから考えたら安い気もする。私はその後2年間で100万円くらい貯めて、株に全力投球した。他には同じようなDVD販売をしようと企み、ネットショップを作ったりした。けれど、当時はネットの知識に疎く、ネットショップは1円の売り上げも出さずに閉鎖。しかも株の方でも、私が投資していた会社が立て続けに3社とも破産した。そのうちの一つの株式は今でも売らずに持っている。いや正直いうと、売らなかったのではなく、売れなかったのだ。

 

私は全てが上手くいくと、その当時は思っていた。逮捕の危険はあるけど仕事は楽だし、稼げる。しかしよくよく考えてみると月給40万円にも満たない小市民なのだった。

 

一度くらいまともな仕事で大金を稼いでみたい。それが今の私の夢だ。金儲けのチャンスを探している。行動もしている。けど、すべて稼げるレベルに達しない。こんなとき実家が裕福だったらと何度も考える。しょせん貧乏人の子どもは貧乏人なのだ。正確には貧乏人ではなく、金の使い方が下手だったと思う。今さら親を恨んでも仕方ないけど、もっとお金の稼ぎ方とか、お金の賢い使い方とか、学校で教えてくれないことを幼少期から学びたかった。

 

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こうして私が20年以上社会人をやってきて思うのは、チャンスがどこにあるのかは誰にもわからないということだ。誰もが一見、チャンスかと思いきや、ピンチだったりする。今度はピンチかと思いきや、チャンスだったりもする。つまりチャンスがチャンスであるか、ピンチがチャンスでチャンスがピンチであるか、チャンスピンチチャンスであるか、ピンチチャンスチャンスであるか、ピンチャンスチャンスピンであるかはやってみないと分からないということだ。最近こんなことばかり考えている。また今夜も眠れない夜になりそうだ。