愛は求めなきゃ手に入らねぇぞ

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眠れない夜、ときには愛を語りたい夜もあるもんだ。キモい?おとといきやがれ?通報するぞ?そんなの関係ないね。愛ってのは探すもんじゃない、求めるものなんだ。

愛は求めなきゃ手に入らねぇぞ

私に愛を語る資格がないってことくらいわかっている。そうさな、愛を語ることはできない、けれど朝まで誰かと愛について語り合いたい眠れない夜だってある。愛とは何か?私はそんな野暮なことを言いたいんじゃない。そもそも愛なんてもんは実体がない。兄弟愛、親子愛、純愛、溺愛、略奪愛、大塚愛。愛の種類も多種多様。生まれた場所がたまたま良かっただけで親や兄弟から愛情を注がれるヤツもいれば、中学生になり、初恋、からの初エッチまで、割とすんなり進むヤツもいれば、青春時代に辛酸をなめるヤツだっている。学生時代モテない男は、放課後、誰もいない教室で好きな女子の縦笛をこっそり舐めたりする。椅子に顔を押し付ける。陰部を机にこすり付ける。あほんだら!縦笛や椅子や机の上に、愛なんてもんは無い!舐めてんのか!と、お怒りになりたい女子の気持ちは、もはやキモいを通り越して「えっ?そんなことして何が楽しいの?」という謎に変わり、やがてはエロ中学生として都市伝説となる。しかし私が思うに、縦笛を舐めた彼は何も間違ってはいない。なぜなら、彼は愛を求めたのだから。愛といっても歪んだ愛。偏愛。一歩間違えれば、不法侵入で即刻逮捕。縦笛の穴という穴に舌を差し込み「失礼しまーす♪」の慇懃無礼。そして最後は恍惚の表情を浮かべながらイク。しかしこれでは絶対に愛は手に入らない。愛を手に入れたければ、彼のようなスケベに走ってはならない。ならスケベ行為に走らずに愛を手に入れる方法って何?まず私が言いたいのは傷つくことを恐れてはならないということだ。全くのゼロの状態から何かを求めたとき、人は傷つき倒れるのだ。傷つくのが怖い?誰だってそうさ。だからみんな顔を出して意見を言わないんだ。私の場合、肛門のシワを晒したって怖かない。でもそんなバカはしない。なぜなら私には最近、気になっている人がいるからだ。その人に嫌われるかもしれないようなことは書きたくない。でも私は書く。それが私のブログ道だから。愛を語る男は信用できないという西洋の古いことわざがある。だから愛の話はそのくらいにしておきたい。とにかく何かを得たいなら自分から積極的に動くことが必要だってことだ。フラれたっていいじゃない。当たって砕けろ。でも勘違いしないで欲しいのは「告白」は厳禁だってことだ。モテない男ほど告白に拘る習性がある。告白なんてする必要はない。でもお付き合いするってどちらかが告白しなきゃダメでしょ?なんて反論するシティーボーイズたちには大人の私から一言。そんなに男女の形式に拘るなら、相手の目を3秒見つめ「孤独で人恋しくて眠れない夜には、こいつが俺の子守唄なのさ」とキザな台詞を言いながら、ウイスキーのロックを一気飲みするくらいの野性味を出せばいい。女でもブログでも経験不足は経験でしか補えないってことよ。来年こそは結婚。今の私には酒が唯一の子守唄なのさ。