ツイッターを見てるとブログが書けなくなるので注意

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最近、積極的にツイッターを見るようにしている。けれどもツイッターを見れば見るほど、ブログを書こうという気持ちが薄れていく私。

ツイッターを見てるとブログが書けなくなるので注意

理由は単純に自慢大会だから。フェイスブック然り、SNS上にアップされる情報のほとんどは自慢話だ。どこそこに出かけた。誰々と会った。何々を食べた。いくら稼いだ。アクセス数がアップした。などなど。要は幸せ自慢大会なのだ。そんなくだらんものを見ていると、知らず知らずのうちに今の自分と比べてしまい、気持ちが沈んでいく。自分自身の現在が客観的に見て充実している人はいい。だけどブログを書けば読者が減り、動画を上げても視聴者が減り続ける私には、SNSを見る元気がない。とくにブログなど自分で何かを発信している人はSNSを見ることは避けた方がいいとさえ感じる。別に10代、20代の未来ある若者なら見てもいいし、すでに社会的成功を収めている人は見てもいいと思う。若い人なら他人の自慢大会に触発されて、自分もやってやろうと意気込むかもしれない。でも年も30後半、将来もだいたい見えてきたフリーターにはSNSは辛すぎる。私は若者に自殺者が多い本当の原因はSNSだと思っている。SNSが自殺を助ける場合もあるけど、それによって他者と自分を必要以上に比較してしまい、自分が他人と比べて劣っているとか、必要以上に卑下してしまうのではないのか。せっかくブログを始めたのに続けられなかったり、ネットで自分発信できない理由は、結局のところ失敗が怖いからだ。

 

私は失敗とおっぱいは実は同じだと思っている。仕事で失敗したとき、家に帰ってきて好きな人のおっぱいを吸えば、大抵、次の日も頑張れるってもんだ。しけし、仕事で失敗して、だーれもいない暗い部屋にポツンと帰ってくると、絶望し死にたくなる。そこにおっぱいがあったなら、たったひとつのおっぱいがあったなら、私の名前もちんちんくさおではなく、ヨシキなどという気取った名前だっただろうし、ブログも下ネタなんて書かなかったと思う。すべての孤独な男におっぱいを行き渡らせることができたなら、どんなに救われる人がいるのか、想像すらできない。ただ私の場合、おっぱい動画の見過ぎで、しこり過ぎなのだ。人生の貴重な時間を無為に過ごしてしまっていることは実に悲しい事実。名前はヨシキに変えよう。ヨシキに変えれば結婚できる!そんな気がしていまんす。あべし