1981年生まれの元前科一犯無職男の裏も表も日記

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ネコ天国か、それともネコ地獄か

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ネコ天国か、それともネコ地獄か。山梨県甲府駅前にある県庁を、グルっと囲む敷地内に野良猫が10匹以上いた。猫好きにはたまらないが、猫嫌いには別の意味でたまらない。

山梨県庁の野良猫たち

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ネコ天国か、それともネコ地獄か

私は幸運にも猫好きだ。話の語尾にニャンをつけるくらい好きだ。ただ悲しいかな、中年が会話の語尾にニャンをつけてしゃべると、ただただキモチワルイだけ。ニャン語は若い女性だけに許された特権ではないか。「人生に疲れたですかニャン?」「死ぬしかないですかニャン?」中年とは実に悲しい生き物だ。なぜなら「ニャン」をつけて話してはいけないという見えないルールに縛られているからだ。差別と言ってもいいだろう。年齢、性別に選り分けられ、言って良いことと悪いことを必然的に強制された社会。そんなくだらない社会に一撃を食らわせんと、思い、今日もブログを書く、この私。殺せ、殺せよー。といった、バックグラウンドを、悲哀を背負い、私は猫の新名所、山梨県庁に行ってきた。

 

一秒でも過ぎれば、すべては思い出と化す。私が猫たちに会ったことも、私が甲府駅に降り立ったことも、心のアルバムへとフォルダごとに分けられ、保存される。女は上書き保存で、男は名前を付けて保存とはよく言ったものだ。しかし男である私の記録媒体が上書き保存であることは、誰も知らないひみつのアッコちゃんであることには変わりない。

 

県庁の看板には「これ以上不幸な猫を増やさないため」と書かれている。ということは、つまりここにいる猫ちゃんは、全頭、不幸な猫だと言えるのではあるまいか。優しい人間に飼われない猫は、グレて不良猫となり、腐ったミカンのような不幸な猫に分類される。まるで無職の私のようではないか!そうか、そうか、私と同類だったのか。確かに猫は無職だしね。どうやら答えは出たようだ。県庁の敷地を占拠している猫たちは、不幸な猫だったという答えが。ネコ地獄。だが、しかし、である。猫たちの表情を観察すると、どの猫も幸せそうに昼寝をしているではないか。おかしい。不幸であるはずの猫たちが、三食昼寝つき、仕事もせずにブラブラと、自由気ままに振る舞っているように見える。おかしい。要するに不幸だと思われている猫たちは、実は不幸などではなく、もしかしたら飼い猫よりもストレスのない快適な生活を送っているんじゃなかろうか。ここはネコ天国じゃないだろうか。これも人間にはわからない猫だけのひみつのアッコちゃんなのか。

 

行った感想。山梨県庁はネコ天国だった。これ以上不幸なネコと中年を増やさないために。私にできることは何なのか。必要以上に考えさせられた。そんなネコと私の思い出のフォトグラフも、いつかは遥かなメモリーに。