遊びまくる!

30代無職のカオスな日記

なぜ凶悪事件や犯罪がなぜなくならなのか?その理由とは?

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日夜、凶悪な事件や犯罪が世界各国で起こっています。これはぼくが考える犯罪がなくならない理由や犯罪をなくすにはどうすればいいのか?といった考えですので、個人的な見解が入っていることを先に言っておきます。

犯罪者も同じ人間

凶悪な犯罪者とはなにか?と考えたときに自分とは全く関係がないと思っている人がほとんどだと思います。自分はこんな犯罪は絶対に犯さないと。

 

でもちょっと待ってください。

 

犯罪者も人間ですし、あなただって人間です。

 

犯罪者は何か得体のしれない生き物では決してありません。

 

ですが、なかには生まれながらのサイコパスと呼ばれる人間もいることにはいます。そういった特殊な例外はここでは、考えないことにします。だって例外を含めてしまうと、話にならないからです。こんなに毎日事件が起こっている世界で、犯罪を犯している人たち全員が異常者というのはどうしても考えられないからです。

 

大多数の犯罪者は普通の人間なんです。ここでいう普通の定義は、喜怒哀楽があって、大いに欠けている部分があったとしても、一般的な社会生活ができるであろう普通の人間ということです。

犯罪や事件を犯すのはなぜか?

大多数の犯罪者が普通の人間であることから考えると、犯罪者は初めから犯罪者ではなく、なにかきっかけがあって、それが積もり積もって事件を犯すのだと思われます。

 

やけになる、投げやりになる、物事がどうでもよくなる状態です。

 

こうなると、ちょっとしたきっかけで人に危害を加えたりしてしまいます。この感情をさらに抑え込むと、その抑え込まれた感情が恨みや妬みに変わったりしながら増大してきます。隣人トラブルなどがいい例です。

 

とくに強い孤独感に襲われると自殺や事件を起こそうとします。要は負の感情が自分に向かうか他者に向かうかの違いだけです。

 

誰にも愛されないという強い思いが、人を悪魔に変えてしまうのではないかと考えます。ここでいう愛とは表面的な愛ではなく、心から認めてくれたり、頷いてくれたり、共感してくれたり、そういった無償の愛です。

 

それらの愛がまったくない場合、人はきっかけさえあれば凶悪な人間にさえ、なることができるのです。

犯罪を無くすにはどうすればいいのか?

人生はうまくいくときといかないときがあります。

 

そのうまくいかないときが長い人は、自分のなかの負の感情をどこかにぶつけようとします。(外へ吐き出そうとします)そんなとき、誰かそばにいてくれたり、親身になって話を聞いてくれる人がいれば、大抵の人が犯罪を犯すことを躊躇します。

 

大事なのは、親身になって話を聞いてくれる人がいるか、いないかなんです。

 

人生が何でも思い通りになる人はこの世にいません。傍から見れば羨ましい生活を送っているように思う人たちも、彼らや彼女らなりの悩みがあることでしょう。

 

世に言うダメ人間や何をやってもうまくいかない人たちは、悩みだらけでしょうけど。

 

そのすべての人たちが皆、生きることがすばらしいことに感じられ、自分のしたいことが思いっきりできる楽しい世界になれば犯罪はなくなりますよね。

 

 

しかし誰もが満足する社会などありえるのでしょうか?

 

お金が欲しければ与えられ、愛が欲しければ与えられる。そんな社会が実現できなければ、犯罪はなくならないでしょうから。

 

なければ奪う、怒れば殴る、恨めば殺・・・。

 

天国には犯罪はないのでしょうか?ああ神様、教えてください・・・言ってはみたものの神様って本当にいるのかな?