遊びまくる!

30代無職のカオスな日記

無駄な巨乳を持った女がいた

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今日、藤井聡太四段が30連勝をかけて戦っている。結果は負けた。ぼくはそのとき無駄な巨乳について深く、それは深く脳みそをフル回転させて考え、無駄とは何か、無駄な巨乳とは何か。藤井聡太さんが次の手を読んでいるのとほぼ同時に、今日、中野駅近辺で見た、無駄な巨乳を持つ女のことを思い出していた。そして思考の海に潜った。ダイブ! 

無駄な巨乳を持った女

その女は中野駅方面からゆっくりとぼくの方に向かって歩いてきた。ぼくは前方、向かって右側から歩いてくる巨乳を見た。揺れていたのではない。引力に反して突き出た頂を一瞬ではあるが、その小高いサン、山に目が釘付けになった。バカな。体とのアンバランス。全体としては細身の重心をやや前傾に保ったメガネ、いやメガネはかけていなかったか、出っ歯だったのか、わからないその女は、ぼくの目を一度も見ることなく、颯爽と歩き去って行った。ことわざに袖すり合う物多生の縁とあるが、当然、その言葉は嘘だったのだ。負けた。ぼくは負けましたと一人頭を下げた。藤井聡太四段が佐々木勇気五段に負けましたと言ったのと同じように。

無駄な巨乳とは

ぼくが改めて思ったことは、あの女の胸は無駄ではなかろうか。ということである。男としてガン見てしまったことについては謝らないといけない。けれども、巨乳と顔のレベル、つまり美人度のギャップがそれはもう凄まじかったのだ。驚愕した。仕事を辞めてからぼくは女との接点がない。女と話していない。オスとしての機能はあるのに女と話していないことによる、一種の病気ではないか。自分自身を疑った。そこへきてからの衝撃たるや、初めて童貞を捨てたときと同じで、心地よい疲労感すらあった。

巨乳に負けました

体のスタイルと可愛さや美人かどうかは、ある一定の基準を満たしていなければ意味がない。意味がないとはどういうことかと言うと、美人が貧乳でも構わないが 、ブスに巨乳は無駄ではないか。宝の持ち腐れではないかということである。でもブスで貧乳よりはブスで巨乳の方がいいのでは?と、そういう意見もあるだろう。わかる。大いに合点がいく意見だと思う。だが、それではインパクトがない。ブスでおっぱいも普通サイズなら、ぼくは見向きもしなかっただろう。しかし、ぼくは生涯忘れることはないであろう、敗北を味わったのだ。女に、いや、巨乳の出っ歯の女。すれ違っただけではあるが、人類の宝を持った巨乳出っ歯女様に。ぼくは負けたのである。

 

帰宅して、ぼくは一人で感想戦を行った。あの名も知らぬ巨ちち女との刹那の闘いになぜぼくは敗れたのか。独りで考えた。即座に理由が判明した。ぼくはほんの一瞬、揉みたいと思ってしまったのだ。相手の容姿がどうであれ、揉みたい、触りたいと思ってしまったのだ。だから負けてしまったのだ。もしかしたら吸いたいとすら思ってしまったのかもしれない。完敗であった。藤井聡太さんと無職1ヵ月目のぼくはその一瞬、気持ちがリンクした。同じ敗北を味わった者として。