パンツを脱ぐ!

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遊びまくる!

アラサーが会社を辞めて書くカオスな日記

電車で腹痛の波がやってきた

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男は一度外に出ると七人の敵がいる。

その七人のなかの一人は腹痛というこの世の終わりに最も近い苦しみを人に味わわせる刺客であった。

波は突然やってくる

腹痛は突然やってくる。得てして急いでいるときなどに。

朝、身支度をすませ、家を出る。通いなれた道を電車のホームまで一直線に歩く。職場までは電車で15分。いつも通りの朝のラッシュにもまれる。周囲は鬼のような形相のお姉さんや死んだ魚の目をしたおっさんたちに囲まれた電車内。悲劇は突然やってきた。

 

腹痛。漢字二文字。平仮名で「はらいた」。意味はそのまんま腹痛。

男は電車に揺られながら腹をさすり、次の停車駅を待つ。降車予定の駅まであと1駅。男はストッパなる、突然の腹痛を抑える水がなくても飲めるという薬のことを思い出した。その薬が売られていることは知っていた。以前、電車内に貼ってあった広告を見たことあったからだ。だが、まさか、その薬を自分が欲するようになろうとは夢にも思わなかった。

 

子どもの頃、給食に出た牛乳を飲んでお腹を壊して以来、男は牛乳を断っている。それから大人になって、酷い腹痛に悩まされることはあまりなくなった。それに運が良かったのか、お腹を壊してもすぐ近くにトイレがあったからお腹が痛いというだけで、特別に困ったことがなかった。

電車内での悲劇

男は次の駅までの道のりが、こんなにも辛かったことは今までになかった。意識が完全に腹痛に支配されている。それ以外はなにも考えることができない。苦痛に歪む顔。脂汗がわきの下を垂れた。

 

回りを見渡す。となりの若い奴が狂ったようにスマホを見ている。どうやらぼくが腹痛に苦しんでいることに気づいている人はいない。安堵したのも束の間、電車が急ブレーキをかけて体が大きく前後に揺れた。男は前のめりになり、思わずつかんでいたつり革を放しそうになった。まさか人身事故?男は一瞬あせったが、アナウンスを聞いて安心した。あと少しの辛抱だ。あと少しで次の駅に着く。安心したのか腹痛の第一波は治まっていた。

 

しかし、一向に電車が走らない。アナウンスもない。どうしたことか。状況が飲みこめない。じわじわと静まっていた腹痛の波が押しては返す。ガタンッ。絶望を意識した男に光明がさす。ビルとビルとの合間から照り付ける朝日が、男の顔を照らした。

 

ガタンッゴトン。

ゆっくりと、確実に、電車は乗降客を前後に揺らしながら前へ前へと進んでいく。しかし、男には進んでいるのか後退しているのかわからなかった。そのくらい精神的に追いつめられていたからだ。男は深く息を吸い込み、そしてゆっくりと吐き出した。電車の速度に合わせるように。

腹痛の向こう側

電車を無事に降りた男は、一目散にホーム下のトイレを目指した。

人混みが邪魔してうまく進めない。気持ちばかりが焦る。

男は「人間とはいつでも正しくあるべきだ」「人様に迷惑をかけてはいけない」という哲学を持っていた。誠実で責任感が強く、立場を重んじ、社会人として生きる自分が思い考える倫理観や道徳こそが一番正しいのだと信じていた。その基準を満たさないものを批判し、侮蔑した。だから糞を漏らすことは、男にとって、大変な「恥じ」という人生の汚点となることは確実だった。そんな正しき男は人ごみをかき分け、やっとの思いで「正しく」トイレにたどり着くことができた。

 

案の定と言わざるを得ない。

トイレに並ぶ長い行列を見て途方に暮れた。とてもじゃないが待っていられない。「緊急なので先に入れてもらえませんか?」と、列に並ぶの最前者にお願いすることは、男のプライドを傷つける。プライドが人よりもいくぶん高い男には、そのひとことを言う勇気がなかった。チッという舌打ちが自然と男の口をついて出た。前に並んでいた中年はスマホゲームに夢中だった。誰にも聞こえてはないはずだ。と、自身の道徳観が腹痛によって少しずつ崩壊していくことに、男は恐怖をおぼえた。

 

改札を出て左に少し行けば、コンビニがある。腹痛男は最後の力を振り絞って走った。幸運にも信号は青だった。ツイている。前方に緑色の看板が見えた。走りながらきつく尻に力を入れた。肛門のすぐそばまで腹痛の波はやってきている。最後の波は予想以上に男の体力を奪った。

 

「いらっしゃいませ」明るい店員の笑顔も男の目には霞んで見える。

「トイレを貸してください」笑顔の店員に振り絞るような声でそう告げてから、一番奥にあるトイレの扉を力いっぱい押した。グッ、ぐぐぐ。一瞬、間があった。男は立ちすくむ。さっき走ってきたせいでヒザが微かに震えていた。使用中の赤色が男に絶望の二文字を与えた。

 

突然の腹痛にご注意を。