遊びまくる!

30代無職のカオスな日記

韓国対東南アジア美人店員対決

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正月は朝昼晩と近所の松屋(牛丼チェーン)で空腹を満たす(正しくは2食)。食通のぼくですが、年末年始関係なしに働いてくださる方がいるおかげで、こうして美味しいご飯が食べられるのだと思うと、感謝せざるをえません。

愛想のない韓国系美人店員さん

何度か見かける松屋の韓国系美人店員さんは、いつも愛想がなく、ものを置くときもガサツな感じなんです。化粧はバッチリなのにどうして?笑顔が少ないのはきっと仕事が楽しくないからなのでしょうね。

 

確かに店で一番の美人だし、美人だからしょうがないかなと。美人で愛想いい人は、少ないですからね。

愛嬌のある東南アジア系店員さん

変わって、その松屋で2番目にきれいな店員さんに東南アジア系の方がいる。その人は小柄で愛想がよく、気が利く感じなのと、笑顔も多く、なによりも楽しんで仕事をしている風に見えるので客としても気分がいい。

 

他の従業員同士と積極的にコミュニケーションを取ろうとしている彼女は、職場のムードメーカー的な存在なのではないかと、ぼくの松屋人間関係相関図に勝手に位置づけている。

美醜の関係ない世界

これらは客の目線からみた彼女たちの感想だが、もし食器や料理の具材たちに感情があるとしたらどうだろうか。食器たちに目や耳はないので感情のみで語るしかないという前提ではあるが。

 

食器たちに視力や聴覚がないということは、その食器を扱う人間の美醜はまったくわからないのであるから、美人だからとか、ブスだからとかは関係なくなる。よって、どう触られ、どう扱われたのかの感触や肌質や力の入れ加減によることでしか、その人間の情報がないのである。

普通な東南アジア系の店員さん

まず、2番目にきれいな東南アジア系の店員さんの場合は、そこまで丁寧ではないにしろ、普通に扱ってくれる人という認識だろうと思う(食器や具材の気持ち)。可もなく不可もなく、よく言うと丁寧だが、悪くいうと特徴がないのである。

ガサツな韓国系美人店員さん

それに比べて、店で一番きれいな韓国系店員さんの場合は、荒っぽい扱いで、ときにはごみをゴミ箱に投げ入れる(意外にコントロールがうまい)スパッって感じだ。

 

ゴミとしてはヌルッとゴミ箱に入れられるよりは、いくらか勢いをつけてもらってゴミ箱に入りたいだろう。人生もそうだが、毎日平凡に過ぎていって年を食っていくよりも、遊んだり、遊んだり、遊んだりしながら、ある程度の刺激がある人生の方が充実してくるし、豊かだ。それはゴミだって同じ、刺激がないよりあったほうが楽しいと思う。

 

食器についても同じことがいえる。一見、丁寧に扱われた方が、食器に対して良いのではないかと思う。しかし食器は割れたからって死ぬわけではない。使えなくなるだけだ。いや、使えなくなるということは食器として活躍する場がなくなる。それでは死んだも同然ではないかという疑問が湧いてくる。

 

幸い、ぼくが見る限り、韓国系美人店員さんは食器を落としてはいない。だからここは彼女の優しさや良心にかけるしかない。多少荒っぽくてもいいけど割ったりしてはいけない。それが唯一のルールだからと。

 

食器たちも毎日毎日丁寧に扱われているばかりでは、つまらない。食器だって遊びたいのだ。他の人とは違った置き方や並べ方をされることによって、それはいつもと違う刺激的な遊びになるからだ。たまには軽やかな甲高い音を響かせて人間たちを客たちを驚かせたいのである。

 

 

ガチャン!!!

 

客「ビクッ」

 

従業員たちの大合唱

「失礼しました~」