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無職ブロガーのカオスな日記

いじめのない学校はつくれる

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いじめのない学校をつくることは一種の理想郷です。絵空事といいますか、人が人である以上、人と人とが関り合いを持つ以上、はたせることのない、到達することのできない夢物語のようなものですね。

いじめの出発点

数々のいじめを渡り歩いてきた私が考えますにいじめとは、違った異なる他者をその特徴を捉えていじることであり、これがいじめの出発点であると思います。例えば白人ばかりのクラスに色黒の人が転校してきたら、間違いなくいじめの対象になりえます。服装だって持ち物だって住んでいる場所だって、すべてに於いてその他大勢と異質なものはいじめの格好の餌食になります。

 

人は違うものを嫌う生き物であると考えます。私は日本人ですので日本のことしかわかりませんが、国によって文化や風習が異なりますから、いじめの対象も日本とは異なるのかもしれません。

 

日本の学校に焦点を当てて考えた場合、異質なものをいじめるといういじめの出発点を無くすことによって、いじめのない学校、まさに理想の学校ができるのではないかと考えるのです。

いじめのない学校づくり

今の学生のことは私にはわかりません。

私が学生だった1990年代の学校のことを思い出しながら書いています。

 

いじめのない学校をつくるどうすればいいのか?との問いに、真面目に答えを出そうとするならば「生徒の数を少人数にすればいい」が答えとしてあります。ひと学年5人くらいにすれば、先生の目も行き届きます。それに同級生が5人だったら、いじめをしたりして人間関係が悪くなれば自分の居心地も悪くなるため、たとえケンカをしたりしても自殺するような深刻ないじめには発展しないのではないかと考えます。

 

まとめますと、学校の数を大幅に増やすか(ひと学年定員が5名なので)、生徒の数を大幅に減らすかのどちらかというのが、上記の答えになります。

 

 ただこれらは実現することは不可能でしょう。そこで、私が考えたもう一つの案は。

すべてを統一する

「すべてを統一する」です。

顔から服装から持ち物から机やイス、文房具に至るまですべてを同じにするのです。なにをバカげたことと一笑に付してしまいそうになりますが、ちょっと待ってください。学校という閉鎖的な空間からいじめをなくすには、いじめの出発点をなくすことが大切です。

 

・・・いや、待てよ。言葉使いや方言(方言や言葉のイントネーションの違いは、いじめられる原因をつくる)なども統一するとなると、いっそのこと声も全員同じ声にすることになる。顔は整形外科やクローン技術が発達すればいずれ、同じ顔の人間をつくることは可能になるだろう。であればだ、声帯も同じつくりにすれば、みな同じ声質になる。医療は目まぐるしく進歩している。

 

ではなにか、人工知能ロボットを何十体と並べて学校をつくれば、いじめはなくなるということではあるまいか。すべてを均一に統一されたロボットしかいない学校では、ロボット同士のいじめはなくなる。そう結論付けをした。