遊びまくる!

無職ブロガーのカオスな日記

中年が若者の個性を殺すのです。

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家の近所で個性のないスーツ集団が歩いているのをよく見かける。学生なのは明らかで、(専門学校がある)みんな画一的、黒のスーツ、白ワイシャツに身を包み、駅へと向かう。違和感アリアリだが、これが日本の文化なのだと感じた。

個性を嫌う日本の文化

見た目で個性を出すのは非常にわかりやすい。わかりやすいだけに他人と違うことをすると、いじめられたり叩かれたりする文化が日本には存在する。

 

ぼくも小学生のころ、方言の違い、イントネーションの違いでいじめられた経験がある。服もそうだ。クラスにいつも同じ服を着てくる女の子がいた。なぜ同じ服かと言えば、その子の家が貧乏だったからだ。当然のことのようにクラス全員でその子をいじめた。最終的に学校に親が乱入してきて事態は収まった。先生にはいじめを止めることはできず、役に立たなかった。ぼくが社会人になったときにも会社では、いじめやパワハラ、暴力は当たり前だった。ぼくが歩んだ10代から現在。少しはマシなってきたと感じるが、個性を前面に出してくる人間に対して、良い印象を持っていない層がいるのは事実である。

中年が個性を殺す

その層というのは、おっさん連中のことである。ぼくも含めて言えることだが、とくに40代以上の世代の人は個性を出すことに対して過剰に反応する。それは自分たちが学生時代は同じ制服を着て、同じジャージを着て、同じ靴を履き、同じ時間に登校する。就職すれば、また同じネズミ色のスーツを着て、定刻通りオフィスに着く。ことを繰り返してきたからだ。体に染み込んでいる防衛本能からか、若者なりが個性を出してくると途端に攻撃や否定をしてくる。今の日本はそんな連中がのさばっている会社ばかりなんだから始末に負えない。

個性という敵

そういうぼくもブログで他人を攻撃している。なぜならぼくも彼らと同じように育ってきたからだ。視点を変えると、今までこうして書いてきたことは全部、ぼく自身にも当てはまることに気づく。ぼくもみんなと同じものを着て、同じ時間に学校に行き、同じ給食を食べ、同じテレビ番組を見て、ファミコンをして、…。

 

ぼくの個性の芽は完全に埋没してしまっていた。いま30代半ばを越えて、ぼくは個性という見えない敵と戦っているのである。個性とはなにか。個性とは。コセイトハ。

有名な合気道の達人、塩田剛三は言う。合気道で一番強い技、それは自分を殺しに来た相手と友だちとなることさ。と。個性とは敵か味方か。それとも殺し屋か。