遊びまくる!

無職ブロガーのカオスな日記

格言がただの格言じゃなくなる瞬間

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「麦わら帽子は冬に買え」これは株式用語の有名な格言で、誰も欲しくない時期に麦わら帽子を買っておき、必要になる夏場に麦わら帽子を売れば、利益が得られるといったもの

格言の真価

どうせ必要なものだから、安いときに買っておけばいい。これは実生活でも使える格言の真価だといえる。もっというと、人が見向きもしないときに、一足早く目をつけておく、そしてできれば買ったり、実行したりしてみる。そうすることによって、そのもの自体が世間で流行り始めたり、認知されたり、人々に必要とされたりした瞬間に再び挑戦すれば、好スタートを切りやすくなる。とはいえ、その「もの」が何か分からなければ意味がない。

 

もしその「もの」を知っている人がいたら、ぜひぼくに教えて欲しい。(こっそりと)

間違った意味に捉えられてはいけないので補足しておくが、これは他力本願ではなく、甘え上手なのである。

真夏におでん

そうはいっても、もし本当に株の格言ではない、我々が住む3次元の世界で、この教えを実行したらどうなるか?もし実行している人がいたなら、それは言ってしまえば、変人である。

 

たとえば、真夏のむせ返るような暑いビーチで、みんながスイカを食べているときに、ひとり熱いおでん鍋をつつく。これをやったら例外なく、周囲の目を集めるだろうし、下手したらニュースになってもおかしくない。だから誰もやらない。実際には。

格言と季節感

しかし、格言ではそういっているから不思議なゆがみが生まれてくる。いや歪んでいるのは私の頭ではないか。株の格言が格言だけにとどまらず、実生活でも通用するのかもしれないと、ただ考えてみただけで他意はない。格言がただの格言じゃなくなる瞬間が見たいというべきか。

 

麦わら帽子を冬に買うことはあっても、真夏の砂浜でアツアツのおでん鍋を食べることはない。というか食べたくない。それと本当に真冬に麦わら帽子を買う人はいるのだろうか。昔ならそんな人は、いなかったのではないかと思う。なぜなら店に売ってないからだ。かわって2017年(もうぼくの中では年を越している)の現代では、ネットショッピングや通販サイトで、季節感のないものを好きなだけ買える世の中になっている。

 

 

話しは変わるが、「季節のない」と聞いて思い出すのが、泉谷しげるの「春夏秋冬」だが、春夏秋冬を検索するとHilcrhymeやら、ヒルクライム春夏秋冬やらがヒットする。なんだこりゃ?しらん。

 

どうやらぼくの知らない間に、時代も変わったようだと感じる今日この頃だった。いまこの記事を書いている暖房をつけていない部屋はとても寒い、それそろ麦わら帽子が欲しくなってきたな。