遊びまくる!

30代無職のカオスな日記

長生きしてもいいことない

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老害。役に立っている老人や迷惑をかけない老人は何人いてもいい。ただぼくはそんなことが言いたいのではない。長生きしてもいいことがないのだということを言いたいのだ。

若者には理解できない

今、10代や20代のお子ちゃまには理解できないと思うが、35歳を超えてくるとよくわかることだ。それと、それと、ここが重要なのだ。独身に限り、良いことがないといっているのだ。妻が居て、旦那が居て、お子様がいて。なら、これから迎える40代50代、子供の成長が楽しみだろう。そういうリア充家族ごっこしている奴らではなく、独身を慎ましやかに暮らしているぼくのような人たちにとっては、長生きをしても若いときのような輝いた楽しみはもう残っていないのだ。

メディアは長生きさせようとする

テレビや雑誌の特集はジジイババアは早く死んだほうがいいですよー。とはやらない。やったら全国の暇を持て余した年金暮らしの老人たちが一斉に、持っている湯呑をこぼしながら、抗議、抗議、してくる。入れ歯の抜けた臭い口でフガフガ文句を言ってくる。それが可愛いのなんのって、知ってますか?おじいちゃんが入れ歯を外したときの顔を、あなたは見たことがありますか?ぼくはあるよ。顔の面積が半分に拉げて、フンガフンガする。思わず抱きしめたくなるほどの愛らしさがある。そういうジジイはいいでしょう。長生きしても。でも本人はどう思っているのかはわからない。それは他人が見て決めることではないからだ。

長生きしてもいいことはない

寿命が年々伸びている。このまま行けば、150歳はいくだろうね。はっきり言って。肉体を入れ替えたりして200とか300とか、途方もない年齢を重ねられるようになるかもしれない。リアルコンピューターおばあちゃん。

 

まあ一瞬は生きてて良かったと思えることもあるだろうが、それ以外のほとんどがつまらない日常だし、おもしろいことはないのだ。なかには幸せはあなたの心にある、などと宗教じみたことを言う人もいるが、そういう偽善を平気で言う人は、はっきり言ってわかっておられない。もし本当にそうだと信じているならば、あなたが働いたお金や持っている資産を全部、ぼくなり、寄付なり、恵まれない子どもなんちゃらに送りつけて、毎日を質素に暮らせばよかろうもんじゃないかな。ぼくはそうは思わんから、そうはしないのだ。幸せは心になどない。幸せはお金や愛情や子供や遊びや仕事や世間が運んでくれるものなのである。

一つの微細な罪悪は百の善行に償われる

それはそうと、ドストエフスキーの書いた、小説「罪と罰」に出てくる守銭奴老婆を斧で惨殺したラスコーリニコフが言った(言ったといっても小説内で)「一つの微細な罪悪は百の善行に償われる」であるが、この老婆が生きている価値がないと、ラスコーは判断したわけだ。現代でいえば、オレオレ詐欺に近い、老人が溜め込んでいるお金を有効に使うことによって経済的に良い。だから老婆を殺すことは微細な犯罪であり、我に罪なし、という思想である。何が言いたいかというと、老人はお金を溜め込む癖がある。その癖をやめて、もっとお金を使いなさいと言いたいわけだ。お金は貯めるものじゃない。使う物なんだと。今一度、教育しなければいかんのだ。ぼくは百の善行のうち、33までは善行を積み重ねてきた、あと77個の善行を行わないといけない。そういしないと償えない。これがぼくの理不尽な世の中へのせめてもの贖罪である。