遊びまくる!

無職ブロガーのカオスな日記

高卒の僕だからわかる社会のレールから外れて生きるということ

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ブログを書き始めて1年。

ぼくの半分は闇でできているのではないかと疑いたくなるほど、暗い記事が多い。書いていて驚く。

 

ぼくももっと楽しいことを書かないといけない。この根暗ブロガーめ、とは思われたくないんだ。

社会のレールから外れて生きるということ

社会のレールから外れて生きることについて、検索するといっぱい出てきますよ、ワンサカと。「レールを外れて気づいたこと」「レールに沿った人生がつまらない」などなど、これはまさかの書いても検索流入が無い死んだ記事になるのでは(きのうも同じこと言った)


そして書いた記事はインターネットの海に沈む、永遠に。まるでイカリでもついているんじゃないのかと、疑ってしまう。

 

振り返ってみれば、ぼくの人生はいわゆる一般的な社会のレールから、はみ出していますから(爽やかに言わないと、暗くなってしまいそう)、自慢できることはないですが、がんばって生きているんです。

 

バイトもいろいろやりました。ここには書けないようなバイトもやりました。(これも自慢できることではない)

 

すべては生きるためです。

なんて、カッコつけてもカッコつかずで、35歳にもなって、このざま、挙句の果てには鹿の被り物をして自分をごまかす始末。

 

このざまってどんなざま?って聞かないでください。それが優しさというものです。

 

 

会社の上司の子どもが今年、中学を卒業して、高校に入学するそうです。

埼玉県内でも指折りの進学校に入るそうです。上司は大学卒だから子どもも大卒です。

 

ぼくの両親は高卒(母)と純粋な中卒(父)です。

だからぼくは高卒(入学試験などない通信制の高校)なのか。だからなのか。

 

いけません、いけません。自分の不甲斐なさを他人の、それも親のせいにしては、いけません。うまく行かないことがあると、すぐに学歴と他人のせいにしてしまうのは、ぼくの悪い癖なんです。

 

そもそもぼくは社会のレールに乗ったことがないので、外れて生きる意味がわからないんのだと今、理解しました。はい。

 

いけません、いけません。すぐ自分を悲観する癖が出てしまいました。もっと明るくいきましょう。もっと明るくて楽しくなるようなことを書かないといけない。


社会のレールから外れていない、レールに沿った生き方をしている人は、もっと人生を楽しんでいる、明るい人なんだよ。きっと。

 

 

社会という名のレールの上を走っている電車に、いつかぼくも乗ってみたい。

 

 

「えっ乗れる駅がないだって?」

 

「途中下車はできるけど、途中乗車はできないルールなんだ。一度降りたらもう乗ることはできない」

 

「えっそんな」

 

 

ぼくはもうどうあがいてもレールの上を走る電車には乗れそうにありません。

車窓から見える景色は、いったいどんな景色なんだろう。山があって、川があって、町があって、そこには人々の生活があって、、、そんな人々があくせく働く姿を小さな窓から、ふかふかの椅子に座りながら眺めている人がいる。ガタンゴトン

 

社会のレールから外れて生きるってことは、言葉ではうまくい言えないけど、なんていうか苦しいことがいっぱいあるんだ。でも生きるんだ。がんばれがんばれ。いつかぼくにも乗れる電車は来るんだと。だから今からその電車に飛び乗る準備をしておこうと思うんだ。ブログを書いたりしながら。