遊びまくる!

無職ブロガーのカオスな日記

おばあちゃんが何度も屁をこいた。

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五反田にあるクリニックの待合室。ぼくの目の前でおばあちゃんが屁をこいた。何度も何度も屁をこいた。ぼくはそれを黙って見守った。大丈夫。屁なんてしたってヘッチャラさ。ぼくは自分に言い聞かせた。

ババアの屁

受付の若い女がおババに何かを渡した。その何かを受け取るときにババアは立ち上がり、二三歩、歩みを進めながらリズム良く屁を炸裂させた。受付の女も聞こえているが、音が聞こえていないかのような素振りでババアに近づく。回りの客も無視を決め込む。連れのモンゴル系のババアも無言である。匂いはしなかった。ぼくがマスクをしていたのが幸いしたからだ。かなり長い屁だった。嘘みたいな音色だった。ぼくはこの屁は自分だけにしか聞こえない幻聴かと思った。だからこの目と耳でもう一度、音の方角に視線をなげた。間違いない。ぼくはこのとき確信したのだ。これはババアの屁だということに。

老婆は一日にして成らず

ババアも人の子。屁だってするしウンコもする。ぼくはババアが大好きだ。ババアほど厄介で始末に負えなくて愛すべき人種はこの世にいない。愛くるしいババアがいてくれるおかげで今の平和な日本があると言ってもいい。ババアも昔は若くてぴちぴちのギャルだったことがある。に、違いない。老婆は一日にして成らず。世の中の娘が嫁と花咲いて、カカアとしぼんでババアと散りゆく。ぼくは綾小路きみまろの言葉を思い出した。そうだ。無視をしよう、それが大人の対応だ。気にしないこと。周りの大人たちと同様にぼくも無視を決め込み、遠くを見つめた。

太いのがいいの

しばらくすると連れのモンゴルババアに屁こきババアが「太いのが良いの」を連発してきた。病院の待合室で下ネタはNGである。ぼくは「太いのがいい」を連発している屁こきババアを直視した。ババアは続ける。「死んだ父ちゃんのが太くて良かったのよ」。ぼくは周りをキョロキョロと見渡した。ババア2人以外の人間は死んだように皆俯いていた。ぼくは安心してババアの話に耳を傾けた。

 

なるほど。ぼくの勘違いだったようである。ババアは杖の話をしていたのだ。死んだ父ちゃんが使っていた杖は太くて硬くて良かった。と、言っていたのである。屁こきババアはモンゴルババアが杖にそれほど興味を示さないのが気に入らないらしく、杖の話を延々と語る。杖によほど執着があるのだろう。杖に対する自身の知識を惜しげもなく語りつくしている。待合室で。モンゴルババアは「へ~」とか「そーなの」と適当に相槌を返す。ぼくも心の中で「へー」と思った。老人には杖がこれほど重要なウエイトを占める生活必需品だったのかと。杖についてのこだわりが学べた。知恵袋である。

 

最後に杖ババアは言った。「ウチに同じような杖が何本もあるけど、やっぱりこの杖が良いの。昔から使っているこの杖が。」ぼくはその杖を、ババアが大切そうにしごくその杖を見た。持ち手の部分が見事に反り返った。猛々しいその杖を。今は亡き父ちゃんの面影を杖に重ねるようにして。