遊びまくる!

30代無職のカオスな日記

ブログで一本糞の話をするのは悪じゃない。

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今日一本糞が出た。太くて長い一本糞が出た。正確に言うと、本当に出たかどうかはわからなかった。見たわけじゃない。見たわけじゃないがブログに書いておこう。そう思った。ブログで一本糞の話をするのは悪じゃない。以下は一本糞についての考察と所見となる。

うんこアプリ3選

ウンログ

一本糞について調べているとき、このウンログを見つけた。ウンログアプリは「観て」「知って」「行う」のサイクルをPDCAのように繰り返し回すことによって、自分の体調を健康に保ち、毎日の快便をサポートするうんち記録アプリである。なぜか文字化けしてた。

 

unlog.me

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ぼくのウンログ熱は高くない、自分のうんこを記録に残したい方はぜひ使ってみたらどうか。

うんちメモ

次に評価の高かったアプリがこれ。↓

play.google.com

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おなか日記

一番評価が高かったアプリはこれ。↓

play.google.com

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口コミ評価を読む限り、この最後の「おなか日記」がアプリとして使い勝手が良いようだ。

一本糞が出たときの喜び

大人になって一本糞を見なくなった。ぼくが小学生だった時分には学校のトイレ(昔はトイレではなく便所と呼んでいた)や公衆便所などで、他人の流し忘れたキレイな一本糞を見ることは日常茶飯事だった。野っぱらでとぐろを巻いた蛇型の糞を拝む機会もあった。郷愁を誘う思い出である。現代はぼっとん便所から水洗便器へと変わり、見事な一本糞が出たときの喜びを分かち合いたい人にとっては、洋式便器全盛の今はさぞ憂鬱な思いをしていることだろう。そのことを今の若者たちは知らない。ぼっとん便所で用を足したことすらない。

一本糞についての考察

さて、あなたは「100メートルからの一本糞自由落下の件」や「一本糞を排出した後のエンペラータイム」についてはご存知だろうか。失礼。ご存知のことと思う。では、まだあまり知られていない、一本糞によるエンペラータイムについて少々解説させていただくとする。エンペラータイムとは、一本糞を含む大量排泄者に神から与えられた至福の一時である(別名ソリッドエクスタシー)。これが一般的なエンペラータイムの定義であるが、これに関してぼくは異論を唱えている、それは「神から与えられた」の一文である。元来、無神論者のぼくは「神が」とか、「神に」とか、書かれている言葉を鵜呑みにしない。信じない。ぼくが解釈するエンペラータイムとは絶対時間であり、神に与えられた時間(神からのご褒美)ではなく、神が見過ごした時間(絶対時間)なのではないかと結論付けている。これらは解釈の違いからなる、非常にデリケートな難易度の高い問題でもある。

 

人間はあらゆる分野において意味を見出そうする生き物である。哲学者はその最たる人種だ。この世に意味のないことは無いなどと宗教家は述べるが。それでは人間にとって一番成すべきものとは何か、人類存続の意味とは何か。興味本位じゃなく探求心の表れだ。これを地球規模で考えてみる。地球環境を破壊しない取り組みも世界で盛んに行われている。植林や森林環境を整えることで、大幅な二酸化炭素排出削減に向けた努力もある。2文字で説明すると「エコ」。

 

エンペラータイムとは成すべきことをした者にのみ与えられる至福時間(時間にしておよそ30分以内)。自らが欲深き人間であることを自覚し、エコを成し遂げようとするならば、我々に与えられた使命が自然と浮かび上がってくるだろう。それは毎日欠かさずうんこをすることではないかと。うんこを排出することが何よりのエコだと神も言っているのではないかと。思うわけである。