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30代無職のカオスな日記

日本はできない人に厳しすぎる

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岩波 明の著書「精神障害者をどう裁くか」(2009年)を読んだ。その文中で全日空61便ハイジャック事件の犯人のことが書かれてあった。少し長いが「犯人の生涯と遺書」を書き留めておきたいと思う。それと同時に日本の"できない"人に対して厳しすぎる社会に反対したい。ここで書かれた事件はどうあっても許されるものではないことは始めに断っておく。

 

全日空61便ハイジャック事件とは、1999年(平成11年)7月23日に発生したハイジャック事件。日本におけるハイジャックで人質が死亡した初めての事件である。

出典:Wikipedia

ハイジャック事件の犯人の生涯

以下は「精神障害者をどう裁くか」160ページより引用

アスペルガー障害と責任能力

幼児期において西沢は、落ち着きのない子供で、じっと座っていることが苦手であった。幼稚園では集団生活になじめず、いじめを受けた。動作が遅く、図画が苦手だった。父の日に黒一色で父の絵を描いて、周囲を驚かせた。

小学校時代、成績は良好だったが、友人は少なくクラスから浮いた存在であった。ひとり遊びが好きだった。小学4年ころより、クラスメートによるいじめが激しくなっている。それでも彼は熱心に塾に通い、中高一貫の進学校に合格した。

彼は一浪後に、一橋大学に合格した。入学後彼は「今までの自分を変えたい」と積極的にサークルや学園祭などに参加したが、どこでも浮いた存在となりかえって絶望感を深くした。その結果彼は、電車や飛行機などの世界に没頭するようになった。

 

鉄道貨物関連の会社に就職した。彼は他者との連携が苦手で細かいミスも多く、同僚からは「史上最悪の大卒」と罵倒された。西沢は次第に絶望的な気分となり、飛行機から飛び降り自殺することを夢見るようになった。

就職して二年半後、彼は遺書を残して失踪し、何回か自殺を試みるもいずれも未遂に終わっている。 家に戻った彼は、家人に伴われ精神科を受診した。クリニックでは、「統合失調症」「心因反応」と診断され投薬を受けたが、その効果はみられなかった。

彼は再び再就職を希望していくつかの会社に面接にいったが行き詰まり、大量服薬によって自殺企図をし、その後精神科に入院となっている。

次に示すのは、彼の遺書に記された内容である。

 

「いずれにしろ、よりよい社会の実現のためには、効率の悪い労働者は自ら淘汰されなければならないという考えに変わりはありません。引くべき時には引かせてもらいます。たとえ受かったとしても、これからの人生に何も楽しみもありません」

 

精神科を退院した後の彼は外来通院を続けていたが、自殺したいという気持ちに変化はなかった。彼は自宅にひきこもり、フライトシミュレーターに熱中した。そうした中で羽田空港の警備の欠陥を発見し、事件へとつながっていくのである。

鑑定人が指摘するように、西沢は顕著な対人関係の障害、共感性や倫理観の乏しさ、特定の事物への異様な熱中などの特徴がみられ、臨床的にはアスペルガー障害と診断することが妥当である。アスペルガー障害の責任能力に定説はなく、今後の議論が待たれる。

「精神障害者をどう裁くか」160ページより引用ここまで。

日本はできない人に厳しすぎる社会

再度、事件は許されるものではない。今後もあってはならないし、起こさないようにしなくてはいけない。

 

事件を起こした犯人はアスペルガー症候群だった。アスペルガー症候群とはひと言でいうと、コミュニケーション障害、つまり良好な対人関係をうまく築けない人のことだ。一概にコミュ障といっても仕事ができる人もいるし、ミスや物忘れなど、仕事に支障をきたす人まで様々だ。アスペルガー症候群とまでいかないくても、組織にはいわゆる"デキる人"とそうでない人がいる。デキる人は要領が良かったり、コミュニケーションを取ることが上手だったりする。反対にできない人は上司や同僚からいじめを受ける対象になる。これを弱肉強食社会なんだから当然の結果だという人もいる。

 

厳しいか、厳しくないか。甘いか、甘くないか。感じ方は人それぞれだ。私は底辺の仕事ばかりしてきた人間なので、厳しすぎると感じている。

まとめ

人にはいろいろなタイプがあって、仕事ができる人もいれば、できない人もいる。できない人をいじめたり、バカにしたり、社会的に排除しようとする。努力不足だと決めつける人も多い。だが、同じ努力でも人によって結果は違うのだ。日本はもっとできない人に優しい社会を目指してほしい。もちろん努力して成功することは素晴らしいことだが、全員が頂点に行けるわけじゃない。ピラミッドの底にいる人もいる。会社は利益を追求するのでできない人を雇っている余裕はない。だったら社会全体でカバーしていくしかない。

 

「よりよい社会の実現のためには、効率の悪い労働者は自ら淘汰されなければならない」

 

遺書に残された言葉に日本社会のできない人に対する排除姿勢が透けて見えるようだ。