遊びまくる!

30代無職のカオスな日記

楽したらダメという風潮やめて

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日本は楽して儲けた人に対して風当たりが非常に強い。努力して苦労して成り上がった人は良くても、たまたま株で3000万円儲けました!みたいな人には世間は厳しい。楽して儲けて何が悪いか。

総人口に占める生活保護人数の割合

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出典:http://chigasaki.ficsc.jp

平成23年~27年までの4年間で人口に占める生活保護の人数は横ばい。人間にはいろいろな人がいる。良い人もいれば悪い人もいるように、お金を稼ぐ能力のない人が一定数いることは、図を見れば良く分かる。

楽したらダメという風潮やめて

無職よりも働いている方が偉いとか、税金を納めているから偉いとか、社会貢献しているから偉いとか、そんなものはない。会社員なんて所詮、自分でお金を稼ぎ出すことができない人たちの集団でしかない。弱い奴ほど群れたがる。群れないと何にもできない。力があれば、自分でコミュニティーを作ってお金を生み出すシステムを作れる。わざわざ企業に勤める必要はない。

 

自分が働いているからといって、引きこもりやニートや無職者を攻撃するのはお門違いだ。親の財産や年金で暮らして悪いことはない。そういう制度がある以上、それに頼ってもいいはずだ。

 

私は現在仕事を辞めて誰とも話さない引きこもり状態だ。無職自体は若い時分から慣れている。しかし、30過ぎて狭い木造アパートに一人、引きこもってみて感じるのは、働いている方が楽だってことだ。楽というのは、生活の心配をしなくていいし、孤独ではないという意味だ。会社員も辛いし、ニートも辛い。"辛い"の意味合いが違うだけだ。

弱者に優しい社会

働きたい人が働いて、多くの税金を納め、その税金が周り回って、お金を稼ぐ能力のない人たちに回ってくる社会。働いている人はむかっ腹が立つだろう。だったら、自分も働かないで生活保護を貰えばいい。でも働きたい人は、黙っていても働くのだ。国民全員が堕落する社会があったとするならば、それは薬物に汚染されたときだけだ。アリ社会と同じように、人間にも働く人たちと、働かない人たちがいてもおかしくない。

 

資本主義の競争社会では全員仲良く幸せにはなれない。幸せになれる人は一握りの人たちで、その他の人たちは自分を幸せだと無理矢理勘違いさせるか、暴動を起こすか、運命のせいにして泣き寝入るしかないのだ。

まとめ

何も努力していない人を責めるのはもうよそう。何でも自己責任論で片付けるのはもうよそう。人間が他の生物よりも優れている点は、弱者でも生きていける社会を作れること。自然界ではあり得ないことだ。自分で狩りのできない動物は死ぬしかない。でも文化的な知識と教養を持った人間ならば、もっと違った弱肉強食ではない、新しい世界が作れるはずだ。別に特別、弱者に優しくする必要はない。他人を責めない、許しのある社会であればいい。

 

野良猫には二種類のタイプがいる。人間になつくネコと、なつかないネコだ。野生ではエサにありつけるかどうかが生死を分かつ。楽をしてエサを食べられる猫が長生きできる。それは決して悪いことではない。狩りの仕方が違うだけだ。台風で野良猫リーちゃんは大丈夫か少し心配だ。