遊びまくる!

無職ブロガーのカオスな日記

公衆便所で見た糞の上に糞の上に糞の謎

f:id:hamaren:20170913175707j:plain

集団食中毒の0157が流行っている、あなたは大丈夫か?手洗い奉公、食べるときには再加熱。この時期は何も食べないというのも策ではあるが、それでは死んでしまう。十分にお気を付けを。

公衆便所で見た糞の上に糞

さて、あなたにはこんな経験はないだろうか?突然、便意を催し公衆便所に駆け込むと、個室の便器の中に糞がドーン。汚い話だが、公衆便所を今の若者は使ったことがないのではないだろうか?今はコンビニが多いから、便意=コンビニへGOでOKだろう。しかし一昔前、ぼくが小学生のころはコンビニも今ほど普及していなく、便意=公衆便所だった。しかも便器は和式が一般的で、公衆便所の洋式は皆無であった。そんな時代、ぼくは小学生のころにトラウマなった、糞の上に糞が乗っている状態を目撃した。その光景を今でもはっきりと思い出せる。

 

その糞は、まずベースとなる茶褐色の便があり、その上にもたれかかる様に黄土色の便が乗っかっていた。ぼくは一度閉めた扉を再度開け、水を流そうとペダルを踏みつけた、が、水は完全にクローズ状態。クッソー。つまりそういうことだったのだ。なぜ糞の上に新しい糞が乗っかっていたかというと、どうしても便意を我慢できなかった人間がいて、糞を発見、流そうと思ったが壊れていた。他の個室も使用中、ここで漏らすわけにもいかず、糞が流れないのでしょうがなくその上に糞をしたのである。

糞の上に糞の上に糞の謎

以上のことをぼくは定期的に思い出している。なぜ思い出すかというと、真実はどうだったのかと、未だに納得がいかない点を残しているからなのだ。未解決クソ事件として、それはぼくの脳裏にこびりついて離れないのだ。これを心理学では何といのうだろうか、分かる人がいれば教えてほしい。で、その謎というのは、糞の上に糞の上に糞があったこと。つまり、ベースの便があり、その上にも誰かの便があり、そのまた上にも違う人の便があったということだ。これについては、ぼくの記憶違いもあるかもしれない。しかし、何度も思い出すということは、そこにフロイト的に言うと何かしらの意味があるのだろうと思われる。少年時代のぼくは確かに見たのだ。便の三重奏を。

まとめ

悔いが残るとするならば、ぼくがその三重奏に加われなかった後悔である。誰だか知らない赤の他人3人で作り上げた糞だまりに、4人目の共演者として演奏を奏で、一緒に作品を作り上げるチャンスを神から与えられたにも関わらず、ぼくはクッセーの一言ですべて無に帰してしまった。後悔クソの役にも立たず。あなたにもそんなクソにまつわるクソ後悔のクソがあるんじゃないだろうか?以上、また会おう!