遊びまくる!

30代無職のカオスな日記

エロいことを考えているとブログが全く書けなくなる

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あなたは今何をお考えか?ぼくはそうだ。エロいことを考えている。今ぼくはコーヒーを飲みながらブログを書いている。外は今日も雨だ。雷も鳴っている。こう雨続きだと井上陽水の傘がないを思い出す。歌詞は確か、、いやいやそんなことを考えている場合じゃないのだ。ブログを書くことに集中しなければいけないのだ。

エロいことを考える

口外したことはないけど、ぼくの数多い趣味のひとつに「エロいことを真剣に考える」というものがある。エロと言っても捉え方は人それぞれで、フェティシズム(性的倒錯)いわゆるフェチに想像を膨らます人もいれば、常に、穴、穴、穴、出し入れにしか興味がない人もいる。そんな趣味趣向の百貨店のようなエロを、吟味したときに感じるのは勃起である。勃起とは身体的な部分と心的部分とに分けられる。この二つの要素が一致したときの快感といったらない。と、こんな具合である。これではブログが全然書けないし、しまいには思考がエロの堂々巡りをし始める。それはまさに疾病のようにすべての見聞きする物事を、エロい事へと変換してしまうのだ。そして今日のぼくは口吸い、英語で書くとキスのことについて思惟を巡らせていた。そしてキスについての考察は、結局まとまらず、考え自体を破棄することにしたのである。あのキスのことを考えていた時間は無駄だったのだろうか。答えは知る由もない。

エロ本を見る集中力

こうしてブログに書いていると思い出すのが、昔、ぼくが小学生だったころ、家から少し離れた山の上に墓場があって、その墓場の草葉の陰に一冊のエロ本が落ちていたことだ。当時のぼくにはこのエロ本がとても衝撃的だった。周囲に誰もいないことを確認してむさぼり読んだ。今考えてもあの時の集中力は半端じゃなかったと思う。あの集中力があれば、エジソンにだって発明で勝てそうな気がするくらいだ。エロへの探求心がそうさせたのか。探求心がエロへと向かわせたのか、わからない。今の若者ならスマホでエロ動画を見るんだろうけど…。スマホ動画では、思い出としては少々チープすぎるきらいがある。墓場という神聖な場所にあるエロ本というギャップには到底及ばない。

まとめ

まず言えることは男女問わず、ムラムラしたら一発抜いてから、女であれば一回イってから(回数は問わず)ブログを書き始めないと、えらいことになる可能性があるということだ。つまり書けば書くほど、ムラムラが止まらなくなるのだ。だから、どうしても下ネタを連発してしまうことになる。(※これを弘法にもエロの誤りと言う)

 

以上のことを、とくにブログ初心者は気を付けるようにしてほしい。「 猿のように抜き、猿のように書く」これが重要なのだ。