遊びまくる!

アラサー無職のカオスな日記

働かざる者、生きる価値なし。ってどうなの?

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猫は一日に12~16時間を睡眠時間に充てる。熟睡しているのではなく、ぼーっとしているのだ。猫の仕事は餌に有りつくことと、死なないこと。こんな生活がしたいと、ぼくは思っている。でも人間は賢いし欲があるから、ぼーっとしないで仕事をする。ぼくは近所の野良猫を見ていて、つくづく実感する。人間は働き過ぎであると。

「働かざる者、生きる価値無し」と思ってしまう心理

お金持ちが貧乏人に持っているお金を分け与えれば、犯罪は減るだろう。そして貧乏人は大喜びだろう。でも、それでは今度はお金持ちが貧乏人になってしまうのだ。この理屈で真の平等になればいいが、果たして。まあ、そんなこと言っても貧富の格差は、埋まらないだろうしね。

 

元気にどんどん精力的に働く人もいれば、全然働かない人もいる。それぞれに理由があるし事情もある。例えば、人が遊んでいるときに勉強して大学に行って、いい会社に就職して、独立して成功した人は、その成功を自分自身の努力によって成し遂げたと思っている。だから、働かない人や努力しない人、遊んでいる人を見るとバカだと思う。そんなバカな連中に、自分が払う高い税金を分け与えたくないと思う。だから、生活保護を受給する人を見下し、生きる価値がないと言う。こう考えてしまう論理は間違いではない。そう思って然るべきである。なぜなら誰よりも努力してきたのだから。「働かざる者、生きる価値なし」と、思ってしまう人の背景にはこのような心理がある。

人はお金を稼がなくてはいけないって誰が決めたの?

人はお金を稼がなくてはいけないって誰が決めたの?それは人が勝手に決めたこと。豊かになって、文明が進化して、便利な世の中になって何かいいことあるの?医療や化学が進歩すれば、あらゆる病気が治せるし、寿命も延ばせる。今まで知らなかったことが、わかるようにもなる。しかし、一体それで人は幸せなのだろうか。誰もが幸せに暮らせる社会を築くことに繋がるのだろうか。人の生き馬の目を抜く競争社会で、資本主義という金持ち優遇社会で、人は本当に幸せなのだろうか。

自己責任論からくる自殺

ぼくは野良猫から学んだことがある。それは人は「欲の塊だ」ということである。人は欲があるから金を稼ぎたいと思うし、欲があるから好きな人を独占したいと思う。猫にも欲があるとすれば、食欲と睡眠欲と、交尾をしたい欲求くらいだろう。

 

成功者は失敗した人のことを自己責任だという。努力が足りなかったと。その考え方が、今の日本の自殺者数を生んでいるのだ。

 

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出典:https://www.npa.go.jp/safetylife/seianki/jisatsu/H28/H28_jisatunojoukyou_01.pdf

 

 一時よりは、自殺者数は減った。これには様々な要因がある。次に職業別自殺者数である。自殺者の半分以上が無職だと分かる。自然淘汰の論理でいけば、優秀ではない遺伝子は淘汰されるべきである。でないと、人間が滅んでしまう。地球が誕生してから今まで、生物は優秀な遺伝子を後世に残すことによって存続してきた。

まとめ

ここまで書いてきて思ったけど、やっぱり優秀ではない人間は死ぬべきなのだろうか。答えはまだ出ない。