遊びまくる!

アラサー無職のカオスな日記

恋愛は禁止されたり障害があるほど燃える

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無職でも恋愛していいんですか?いいんです。恋愛禁止でも恋愛していいんですか?いいんです。一線越えちゃってもいいんですか?いいんです。それはなぜか?簡単なことだ。人は禁止されたり、ルールを破ることで脳に絶大な快楽を得るからである。

ルールは破る為に存在する

フランスの哲学者ジョルジュ・バタイユは言った。「禁止は侵犯されるために存在している」と。このバタイユ、調べてみると、どうやら「エロティシズム」という本を書いているようだ。アマゾンでの評価もいいようなので、今度機会があれば読んでみたいと思う。それはさておき、誰が言った、言わないじゃなく、ぼくが今まで36年間生きてきて思うのは、規則は杓子定規に守るものではなく、破るためにあるのだと、そう確信しているわけだ。

ルールは守る為に存在する

これとは反対にルールや規則は守る為にあると考えている人がいる。これをバカ真面目と言う。でもやり過ぎて捕まっちゃう人もいるが、それはそれだ。ここで言うのは、破っても法律上逮捕されないものを指す。そのうえで一番例えとして適当なものが、アイドルや職場の恋愛禁止である。人間、好きな気持ちは止められない。それに人を好きになることは精神衛生上、健康な証拠でもある。生とは性。生きるとは性なのである。

恋愛は禁止されるほど燃え上がる

ぼくは20代の頃、キャバクラや風俗店で勤務していたことがある。その経験から考えるに、人は何かしらの制約もしくは障害があるほど、人を好きになる。好きになった人にのめり込む。少女マンガや恋愛ドラマではないが、ライバルが出現したとか、親に反対されたとか、仕事上禁止されているとか、などの制約があるのと無いのとでは、二人の燃え上がり方が違ってくる。恋愛は禁止されるほど燃え上がる。点火からの火力が違ってくるのだ。

まとめ

一般的には法律や規則やルールは守るものである。だが、こと恋愛においてはズルや詐称や見栄などの虚栄を良しとしている部分もある。全部正直に噓偽りなく話すだけの映画やドラマでは、奥行きもない。これを駆け引きと言うが、私は駆け引きしたくないという人もいる。駆け引きなしに恋愛がうまく行く人は美人かイケメンだけだ。非イケメン、ダメンズたちは、恋愛は禁止や障害がある方が燃えるテクニックを学ぶ必要があるだろう。たぶんだけど、ぼくにはそのテクニックがなかったから、一人で生きているのだ。